両輪(MORE 6月号)

※日付詐称の過去記録です。(2013.12.5エントリ)
多分これから先も忘れることがないであろう言葉が、はっきりと刻まれました。

松潤は、いつも意見を言う人だし、さまざまな活動のなかで“嵐をどう見せるべきか”を考える人なの。オレは、どう見せるかより“嵐はどうあるべきか”を考えるタイプ。嵐について、別なベクトルから意見を言いあえる、両輪っていう感じはしますよね。

翔さん発信のこの「両輪」については、なんかもう…、だめだ、視界がぼやけてくる。
いろんなことを、書いては消し、書いては消し、結局うまく言えないけれど、「両輪」という単語から頭にうかんでくる言葉の断片を列挙するだけで震えます。
離れることなく同じ方向を進んでいく/でも交差することはない(切ないワードきちゃった)/片方の車輪が壊れると途端に方向を見失う/…
他の誰でもなく、翔さんの口から発信された、ということがね。もうね。
この雑誌記事、どこかで松本さんの目にとまってればいいな。と思います。